老人を助けるべきか否か 賠償におびえる中国人

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【(河南省)開封市で60歳の老人が倒れたが、誰も助けず亡くなった】8月30日の午後、開封市で大雨が降り、路面は水が溢れ川のようになった。60歳の老人がバイクに乗って水たまりを渡ろうとした際、突然倒れ水の中でもがいていた。多くの人が遠巻きに眺めていた立ち去った。一人の女性が周囲の人に手を貸すよう説得を試みたが、結局うまくいかず立ち去った。3分後、老人は何人かの人に助け出されたが、既に亡くなっていた。

引用ここまで。

また、この悲しいニュースです。中国では「倒れた老人を助けるべきか否か」が一つの社会問題のようになっています。何かの理由で転んだり倒れた老人が、助け起こしてくれた人が犯人だと言い張り賠償を請求する、という事件が度々起こっています。2006年に南京市で起きた彭宇(ポン・ユー)事件で、転んだ老人を助けて病院まで運んだ青年が賠償を命ぜられる判決が受けたのがその発端のようです。

今回の事件でも、倒れている老人のそばを通り過ぎるバイクの女性や、遠巻きに見守る人々の姿が監視カメラに残っています。この事件に対する人民の反応を見てみましょう。

「もし私が助けたら、老人は私が突き倒したと言う。誰も証言をしてくれない場合、私は(賠償で)破産するだろう。もし私が助けたら、老人は私が突き倒したという。誰かが証言をしてくれたとしても、その老人は二言三言お説教をくらうだけだろう。」

「助けなない、私は決して助けない。私も将来倒れることがあるかもしれないが、ここで手を貸したら、最終的に結局のところ破産するまで賠償させられる運命だ。たとえ必死に潔白を主張したとしても、最終的に誰が私の名誉を回復してくれるのか。国の恥、国の恥、国の恥、重要なことは三回繰り返さなくては。社会の法制が整っていないし、誰も善人に敢えてなろうとしない。私は(善人の)ふりはせず、率直に社会に対して言う。私は敢えて助けはしない、私の資産が億(元)を超えるまで待ってくれ、そうすれば賠償できるから、そうしたら助けるから…」

「わかる、もし雷峰が今の時代に生きていたら、彼は一生訴訟まみれで過ごしていたと思う~」(訳者注:雷峰とは貧しい中で人々を助けることで有名な模範兵士。22歳で亡くなり、後に文化大革命で「雷峰に学べ」というスローガンで有名になりました。)

「助けないんじゃない、助けるのが怖いんだ。」

引用ここまで。

最後の声が、多くの人々の意見を代表しているのではないでしょうか。道徳的な問題だとの指摘もありますが、圧倒的多くの投稿者が、助けた挙句、賠償になったら…という恐れを抱いているようでした。最後に、助ける!という若い女性の声を紹介しておきます。

「もし私がその場にいたら、私は必ず助ける。私は自分のおばあさんが大好き。彼女を(亡くなった老人と)同じような、見知らぬ人の冷たい視線にさらされるなんてことにしたくないもの。それに周りにこんなにいっぱいの人がいたら恐れることなんてないじゃないの。」

引用ここまで。

翻訳元:微博#倒地无人扶身亡#